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東京地方裁判所 平成9年(ワ)18968号 判決 1998年5月29日

原告

大恵信用金庫訴訟承継人 わかば信用金庫

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

北川豊

被告

右訴訟代理人弁護士

仲澤一彰

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

一  原告は「被告は原告に対し、金一八四〇万〇五六九円及びこれに対する平成四年八月一九日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行宣言を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。

二  請求原因事実

1  大恵信用金庫(以下「大恵信金」という)は、被告を連帯保証人として、昭和五九年六月二七日、訴外センチュリートレーディング株式会社(以下「訴外会社」という)に対し、金七四〇〇万円を、次の約定のもと貸し渡した(以下「本件貸金」という)(当事者間に争いがない)。

弁済方法 元金は、昭和五九年九月から平成八年七月までは毎月末日までに五〇万円宛割賦弁済し、残額は平成八年八月三一日限り一括返済する。

利息 貸付日から昭和六二年一二月一日までは年八・七五パーセント、昭和六二年一二月二日から平成三年二月一二日までは年六パーセント、平成三年二月一三日から弁済期までは年七パーセント

損害金 年一八・二五パーセント

特約 手形交換所の取引停止処分を受けたときは期限の利益を喪失する。

2  訴外会社は、昭和六一年七月二五日、手形交換所の取引停止処分を受けたので、期限の利益を失った(弁論の全趣旨)。

3  大恵信金は、平成一〇年三月一六日、永楽信用金庫、第一信用金庫と合併して原告となった(明らかに争わない)。

4  よって、原告は被告に対し、残元金一八四〇万〇五六九円及びこれに対する平成四年八月一九日から支払済みまで年一八・二五パーセントの割合による約定遅延損害金の支払を求める。

三  争点と当事者の主張

1  争点

被告は、本件貸金は商事債権であるところ、期限の利益を喪失した昭和六一年七月二五日から五年後の平成三年七月二五日は経過し、また、本件貸金債権が民事上の債権としても、一〇年後の平成八年七月二五日が経過したので、被告は消滅時効を援用すると主張する。原告は、これに対して時効中断を主張するので、本件の争点は、時効中断に関する当事者双方の次の主張にある。

2  原告の主張

訴外会社は、平成六年五月三〇日に金七二〇〇円、平成七年四月三日に金五万円をそれぞれ大恵信金に支払っているから、時効は中断している。すなわち、大恵信金と訴外会社とは、本件貸金契約において、①訴外会社において期限の到来、期限の利益の喪失、その他の事由によって大恵信金に対する債務を弁済しなければならない場合には、その債務と訴外会社の預金、定期積金、その他の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、大恵信金は、いつでも相殺できるものとする(≪証拠省略≫の取引約定書七条一項)、②前項の相殺ができる場合には、大恵信金は事前の通知及び所定の手続を省略し、訴外会社にかわり諸預け金等を受領し、債務の弁済にあてることができる(同七条二項)、との特約を締結している。ところで、訴外会社は、大恵信金との間で金銭消費貸借取引を行う前提として、大恵信金の会員にならなければならない必要上、大恵信金に対して金五万円(一口五〇〇円の一〇〇口分)の出資を行っており、大恵信金の毎決算期毎に右出資金に応じた利益配当金を大恵信金から受領する権利を有していたことから、大恵信金では訴外会社に対する配当利益を、右各特約に基づき、訴外会社の大恵信金に対する本件貸金債務の弁済に充当していた。前記弁済もこの一部としてされたものであるが、このように、特約で、将来において債務者の支配外で自動的に一部弁済となるような措置をあらかじめ一括して講じておいたのであるから、大審院判例(昭七・一〇・三一民集一一・二〇六四)の趣旨に照らし、前記弁済で大恵信金に対する債務全体を承認したものとされ、同日をもって時効中断の効力が生じたものである。

3  被告の主張

訴外会社が原告主張の弁済をしたとの事実は否認する。原告は特約に基づく時効中断を主張するが、消滅時効の制度は時の経過によって契約からの解放を認めるものであって、単に特約があるとして時効の中断を認めることは消滅時効制度自体を否定することになる。債務者が債務の承認とみなされる行動をとったからこそ時効期間の進行が止まるのであり、本件のように債権者の会員への配当金を債権者である大恵信金が自ら相殺したことによって時効の中断が生ずるとすると、債務者の意思が全く関与していない場合にまで時効の中断を認めることになり、債権者と債務者のバランスを失する。

四  裁判所の判断

1  前記認定事実及び≪証拠省略≫、弁論の全趣旨によれば、本件貸金契約締結の際に作成された金銭消費貸借証書(≪証拠省略≫)の七条一項には「期限の到来、期限の利益の喪失、買戻債務の発生、求償債務の発生、その他の事由によって、貴金庫(大恵信金)に対する債務を弁済しなければならない場合には、その債務と私(訴外会社)の預金、定期積金、その他の債権とを、その債権の期限のいかんにかかわらず、貴金庫(大恵信金)はいつでも相殺することができます。」と、同七条二項には「前項の相殺ができる場合には、貴金庫(大恵信金)は事前の通知および所定の手続を省略し、私(訴外会社)にかわり諸預け金等を受領し、債務の弁済に充当することもできます。」との条項があること、訴外会社は、前示のとおり、昭和六一年七月二五日、手形交換所の取引停止処分を受けたが、右取引停止後の訴外会社の大恵信金に対する本件貸金の弁済といわれるものは、平成三年二月一二日及び同年三月二九日に現金で弁済がされたのを除くと、いずれも右条項に基づき、預金又は配当金との相殺ないしは大恵信金が訴外会社の代理人として弁済充当したもの(以下、この両者の処理を「本件処理」という)であり、原告が時効中断事由として主張する平成六年五月三〇日の合計七二〇〇円は配当金による本件処理、平成七年四月三日の五万円は出資金の払戻金による本件処理であること、以上のとおり認められる。

2  以上によって考えてみると、

(一)  原告の本件貸金は商事債権であるから、消滅時効は、昭和六一年七月二五日から五年後の平成三年七月二五日の経過によって完成するものであり、平成六年五月三〇日と平成七年四月三日の弁済を時効中断事由とする原告の主張は、結局、訴外会社が時効完成後に弁済をして債務の承認をしたから、その後に至って消滅時効の援用をすることは許されないとの主張とみることができる。なお、前示のとおり、訴外会社は取引停止後の平成三年三月二九日に現金で弁済しているものと認められるから、原告の主張はないものの、この弁済の翌日が再度の消滅時効期間の進行開始時点となるべきものであるが、この時点から考えてみると、前示原告主張の弁済が時効中断事由となるかどうかが問題となる。そこで、以下においてはこの両者について考えてみる。

(二)  ところで、前記特約条項によれば、債務者である訴外会社は原告に対し、あらかじめ包括的に相殺の意思表示を要しない相殺ができる権限ないし預金等の払戻及び弁済充当の権限を授与しているものと認めることができ、かつ、その法的効果において代理人の行為は本人の行為と同じであるから、右権限に基づいてされた弁済は債務者である訴外会社による債務承認とみることができるのではないかと考えられる。しかしながら、時効利益はあらかじめ放棄することができないこと、債務の弁済が時効中断事由である債務承認となるのは、債務者は特段の事情がない限り債務を認めた上でその弁済をするものであり、したがって、弁済行為に債務承認の効果を擬制しても差し支えないという理由に基づくものであることを考慮すると、前示のとおり時効完成前にあらかじめ授権された包括代理権に基づいて、債務者の個別的な関与が全くないままにされた本件処理に時効中断の効果を認めることは、債権者である原告の代理行為により一方的に時効中断事由である債務承認をすることができるものとすることとなり、債務者があらかじめ時効利益を放棄したことと同じ結果となって不都合であるばかりか、個別的具体的な代理権の授与による場合と異なり、弁済行為自体について訴外会社の認識がなく、弁済する債務についても訴外会社の認識があったかどうかの疑問がある本件処理には、債務者である訴外会社による債務承認を擬制しても差し支えない前提を欠いているから、本件処理には相殺ないし弁済充当としての効果はあるものの、時効中断事由としての債務承認の効果はないと解すべきである(東京高等裁判所平成八年四月二三日判決、判例時報一五六七号一〇〇頁)。しかも、本件では、前示のとおり、原告の主張は時効の中断ではなく、時効の援用が許されない場合に当たるとするものであると善解できるところ、時効完成後に債務承認行為があった場合にもはや時効の援用が許されないのは、債務者による債務承認は時効による債務消滅の主張と相容れない行為であり、債務承認行為があれば、相手方においては債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるであろうから、その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが信義則に照らし相当であるからであり、そのように解しても、永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反するものではない(最高裁昭和四一年四月二〇日大法廷判決、民集二〇巻四号七〇二頁)というのが理由であるから、債務者である訴外会社の全く関与しない本件処理がされたことによって、債権者である大恵信金において債務者である訴外会社がもはや時効の援用をしないであろうと考えることはあり得ないというべきであるし、債務者である訴外会社が債務の消滅と相容れない行為をしたということもできないのであって、債務者である訴外会社の時効の援用が信義則に反して許されないという前提を欠くといわざるを得ず、本件は消滅時効の援用が許されない場合とはいえないのである。

(三)  そうすると、原告の時効中断の主張は(これを時効の援用が許されないとの主張と善解しても)、理由がなく採用できない。

五  よって、本件貸金債権は時効によって消滅したものであり、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佃浩一)

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